矯正と美容整形の境界(症例に関しての振り返りと反省点)

医療というのはこれで終わりこれで良しというところがないもので

自分も昨日より今日、今日より明日

より進歩しているように常日頃心がけております。

数年前までこれで終わりと考えていた治療の終了時の保定も

その後のケーススタディで最近はより安定性の高い方法を編み出していたりします。

そういう技を発見するときは

論文などを読んで見つけることもありますが

主には偶然見つかることが多いのではと思っています。

たまたま安定が悪くて手直しが必要になった患者さんに

ちょっとした思い付きで試した方法が思いのほか良好で

現在はスタンダードになったりもします。

 

さてそんなことの一つかもしれませんが

最近新たな問題点に突き当たっています。

矯正治療がある程度進捗して来て

かなり良くなったな良かったなと思っていると

患者さんは全く良くなっていないといわれる方が

ごくまれにですが見受けられるのです。

今まではそんなことありませんよで済んでいたのですが

ある程度傾向的にみられるようになるとこれはケーススタディとして

整理しておかなければと思うようになりました。

治っているのに治っていない

これは主観の問題ではないかと思うのです。

歯科的に見れば歯がまっすぐになり

正しい位置で噛みあうようになれば治療完了です。

機能矯正の場合正解の治り方をした場合に容姿の改善がみられることが多い

というのが実態です。

しばしば触れているように容姿の改善のために治療をしているわけではなく

健康なかみ合わせを取り戻したことが結果的に見た感じもよくなっているのです。

しかしそもそも容姿の改善を望んでおられる方に関しては

この事だけでは「治った」という感覚になっていないのではないでしょうか。

この歯はもう少し前に(後ろに)あったらもっと良くなるはずだから是非そうしたい。

または上の顎が出た感じが気になって仕方ないのでもう少し後ろにしたい。

とかと言う訴えで歯科的に上顎前突は治っているのだが納得がいかないということもあります。

顔だちをもう少し長くしたいのに治療が終了しても改善しなかった。

(これは実際にはかみ合わせの改善で高くなっており

写真の比較でしぶしぶ納得されましたが。)

この方たちに共通しているのが最初の主訴が審美的な改善だったということではないかと

考えられるようになりました。

審美的な改善を望むのは悪いことでも何でもありません。

ごく当たり前のことだと考えます。

ただしこと容姿の改善となるとメンタル的なことを含めて

極めて複雑な要素があると思われます。

そしてここからが私の知見になりますが

最初に主訴をお伺いしてその一番改善したい点が容姿の改善であった場合

機能矯正だけでは治しきれないかもしれないということを

きちんとご説明することなんだろうと考えるようになりました。

そして容姿の改善のエキスパートはやはり美容整形の先生なんだろうと思っています。

残念ながら今私は連携できる美容整形の先生はいませんし

ご紹介できる先生もいません。

もちろん歯科的な問題はほとんどすべての症例で

きれいに機能的に治癒させる自信があります。しかしながら

そこから先の容姿に関しての細部の改善を望むのであれば

あるいはさらに個性的な改良を望まれるのであれば

そこから先は美容のテリトリーになるという自分の限界をしっかり認識しておく

ということが最終的に患者さんの満足とメンタル的を含めての治癒になるのだろうと

思いを新たにしているところです。

治ったということは

とりもなおさず

その結果患者さんが幸せになった

と感じててただけるようになる

ということだと思うからです。

敵を知り己を知らずんば百戦するもまた危うからず

どんなに自信があっても自分の力と謙虚に向き合い

患者さんの健康の回復のために真摯に向き合う姿勢が大事なのではないかと考えています。

さいごにどんな方は機能矯正の適応であるかと申しますと

歯並びかみ合わせを整えて心身ともに

健康な生活を送りたい

と思っていらっしゃる方すべてだと思います。

矯正治療で別人になりたい

または例えばもう少し鼻が高かったら、もう少し細面だったら

人生が変わるに違いない

などという主訴の方は機能矯正では対処しきれないかもしれません。

ただし

例えば陥凹型顔貌の方が、いわゆるしゃくれ顔の方が

現在美人の代表と言われている中条あゆみさんのような

顔の中心の高い顔になりたいといった場合

機能矯正的な治療も加えないと治療できないのではないかと考えられます。

必要であれば連携をしながら

患者さんの本当の満足を目指した治療が出来たらよいな

と考えております。