突撃レポートⅤ

祝!!安藤さんマーケティングプラス社長就任の巻(震災を超えて特別企画)H23,10

プラスライン㈱からマーケティングプラス㈱へ

 

今年(平成23年)は東日本大震災が発生しましたね。

まずは震災で被害を受けられた方々に心よりお見舞い申し上げます。

これまでも、またこれからも、微力ですが復興の手助けになることは積極的に取り組んでいこうと思っています。

 

さて、そんなある日ふとおかしなことに気付きました。プラスラインからとばかり思っていた郵便物の差出人が

マーケティングプラス」に変わっているではありませんか!?

しかも社長さんがうちの担当だった安藤さんに代わってます!⇒こちら

八木社長の安否も気になります。

 

 

 

在りし日の八木社長。
今何処?

因みに突撃レポートの初安藤さん

因みに突撃レポートⅡの安藤さん

因みに突撃レポートⅢの安藤さん

因みに突撃レポートⅣの安藤さん

なるほど並べて見てみると変化が分かります。
社長さんらしい風格というか頼もしいというかふてぶてしというか・・・・
なにはともあれお祝いをしなきゃですね。

と言うわけで我が川越市 大東にし歯科医院のご近所にできた ちょっとおしゃれなブッュフェスタイルガーデンレストラン「マーケットテラス」こちら⇒
に安藤新社長、担当の糸井さんともどもご招待することにしました。

 

 

マーケットガーデンは川越卸売市場のおしゃれなガーデンレストランです。

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川越市 大東にし歯科医院から
車なら数分のところにあるとは思えないおしゃれさです!

ブュッフェスタイルのレストランですが健康志向のメニューがいっぱいです!

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お好きな料理をお好きなだけ・・ま「食べ放題」なわけですが

料理の取り方で個性が出ますね(笑)
画像上が糸井さん、下左安藤新社長、右私です。

左が安藤新社長(^^;)、右が担当の糸井さんです・・・(記念写真は後にしてください~~;)

 

 

(院)安藤さん、なにはともあれ社長就任おめでとうございます!

知らぬこととはいえ営業のお兄ちゃんあつかいでしつれいしました。

(安藤)いえいえ、どういたしまして。それにしても経営がこんなに大変とは知りませんでした。

(院)具体的にどんなところが大変ですか?

(安藤)給料日が来るのが恐怖になりました!

(院)そうそう、それが分かれば一人前ですよ(苦笑)

(安藤)経営者の皆さんはよくやっておられると尊敬しちゃいます。

(院)尊敬されるかどうかは分かりませんけどどうやって生きてるんだろって思うことはありますね(微妙な笑い)

(糸井)文房具のも最近なかなか出してくれないんですよ!

(院)いや、それくらいじゃなきゃ経営はやってけないんですよ。生温かーい目で見てやってください。

(院)ところで八木前社長はどうしちゃったんですか?

(安藤)実は唐揚に生涯をかけることになりまして・・

(院)唐揚ですか!?

 

(院)八木社長じゃないですか!
それにしても唐揚が良く似合うなぁ。

 

 

(安藤)八木前社長は日本唐揚協会専務理事なんですよ。
(院)隣のお兄ちゃんが会長さんですね。

(安藤)さいきんはローソンのからあげ君とのタイアップ(日本唐揚協会監修)でがんばってるみたいです。

◆一般社団法人日本唐揚協会  2008年に旗揚げした、全国各地に6,000名以上のカラアゲニストを有する愛好者団体です。

「ニッポンの唐揚が世界を変える」をテーマに様々な活動を行い、近年の「唐揚げブーム」の火付け役となっています。

 

なんだそうです。

で会社を安藤さんに押し付けて行っちゃったんですね。

 

 

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八木前社長はお元気そうでなによりでした。
またなんか唐揚で絡みたいですね。

ところで今年はなんといっても大震災
皆さんもどこかで被災されたんだと思いますが、よろしければ体験談をご披露いただけますでしょうか?

 

 

 

安藤さん被災体験

弊社は3月決算ということもあり いつもより煩雑な1日の始まりでした。 そろそろ昼食をとろうと思いつつ ホットコーヒーを入れてデスクに戻った矢先に 地震が起こりました。 最初はすぐにおさまるだろうとパソコンに向かいましたが 揺れはおさまるどころか一気に大きくなっていきました。 7Fの事務所の窓から道玄坂のビルを見渡すと 凄まじく揺れていて、ビルとビルの間から向こうの景色が見えるほどでした。 幸い、棚などが倒れることもなく 怪我をするスタッフもいなかったので安心しましたが 私は入れたてのホットコーヒーをかぶりずぶ濡れでした。 その後は、このまま事務所にいてもいいのかどうか 判断に迷うところでしたが、駐車場が隣接されており 駐車場の最上階にあたるため上階がないので ひとまず全員そこに退避していました。 大きな余震時には、駐車されている車が中に浮いていたのを見て 愕然とした覚えがあります。 外出しているスタッフの安否確認がとれず、また家族とも連絡がとれずに不安でしたが 無事だと連絡が来たときのことは鮮明に記憶に残っています。

 

 

糸井さん被災体験

▼地震の体験談は下記になります。 私は越谷でちょうどお客様先に入る前に地震が起きました。 外にいたので、最初はあまり気づかず、 外に飛び出してくる人から「地震だー!」という 叫び声が聞こえて地震なんだということに気づき、 揺れを意識し始めたら、より揺れの強さを感じ、 立っているのが必死な状態でした。 地震がおさまったと思った時に、 ふと横を見たら知らない中年の男性と手を握り合っていました。。 必死で何かに捕まろうとしていたのだと思います。 その後、混乱の中お客様先に伺ったのですが、 店内の棚にあったものはすべて床に落ちていて、悲惨な状態でした。 長居はせずに、帰ろうと駅に向かったところ、 駅は人ごみであふれていて、駅への入り口はシャッターが閉められ、 情報が何もない中たくさんの人が状況確認しようと 慌てている様子でした。 私も何がなんだか分からず、 とりあえず会社に電話しなくては・・と思ったのですが、 携帯で何度かけても繋がらず、公衆電話の列に30分以上並び、 やっと会社に電話することができました。 会社から今日はそこに泊まった方がいいといわれたので、 ホテルを探しましたが、どこも満室で、 また駅に戻ってみても、電車が運行する見通しはなしと言われてしまい、 500人以上並んでいるタクシーの列に2時間ほど並んでみました。 でも寒すぎて、体が限界だったので、諦めて近くのコンビニで、 他の人に混ざってダンボールを敷いて、 ホームレスのように座って豚汁を食べていました。 そこからしばらく経って、 夜中12時ごろに避難所があるというアナウンスが流れ、 やっと室内で落ち着くことができました。 続く余震におびえながら一夜すごし、 朝満員電車に乗り、お昼ごろにやっと帰宅することができました。。 私は今回の震災で、改めて情報の大切さを実感しました。 私が避難している時にとても役に立ったのが、 mixiやTwitterなどのソーシャルメディアです。 どこで電車が動いたなどの情報を得たり、 同じ状況の友人と励ましあったりなど、 そのやり取りのおかげで、孤独で不安だった気持ちから、 どこかで繋がっているんだという安心に変わりました。 電話やメールが繋がらなくても、 それぞれのサーバーがダウンしないでいてくれたことに本当に感謝しました。

 

 

 

院長被災体験

みなさん、特に糸井さんはがっつり被災されてますね。なにはともあれご無事でなによりでした。

僕の場合、川越市 大東にし歯科医院は郊外にありますから被災と言うような感じではありませんでした。

ちょうど3時からの診療のスタンバイをしていたところテレビの緊急地震速報とともに揺れが始り

見晴らしのきく診療室から外の様子を観察していましたが、ピークの揺れは

南極観測船「しらせ」乗り組み時に南氷洋の暴風圏で遭遇した最大級の揺れに

ほぼ匹敵する揺れを感じました。陸上でのこの揺れはおそらくとんでもない被害が出るに違いないと思い

スタッフルームのテレビを見たところすべて地震特番に切り替わっており「津波警報最大高さ10メートル」

という赤いはじめて見る警告表示に愕然としたのを覚えています。

しかし当日は診療所の物理的被害は皆無で患者さんも予定の方はすべてお見えになり忙しかったと記憶しています。

ただメールも携帯も殆ど使い物にならずかみさんと連絡が取れないのが参りました。

テレビではまだ津波の情報は来ておらずJX東燃のコンビナート火災の様子が主に伝えられていました。

よる9時頃帰宅したのですが、いつも20分ほどで帰れる道が大渋滞で1時間半かかったのは驚きました。

またやっと家の固定電話で連絡が取れたかみさんが仕事先から帰宅できず

何か買っておいてほしいと言うので近くのスーパーに行ったところ

店内がほぼ空で、なぜか大量のつけ麺が残っており、つけ麺と、業務用竜田揚げ1キロ、サトウの切り餅1キロ、

冷凍いんげん1キロを買って後でかみさんにさんざん笑われました。

 

 

 

 

「突撃レポート」シリーズは震災をこえて続きます!

自分を含めて皆さんよくご無事でした!

まだまだ復旧したとは言い切れませんが

頑張るしかないですね。

マーケッティングプラスになってもよろしくお願いします!

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